はじめに
目的
この章では、本書の目的と読者が得られることをやさしく紹介します。本書は犬の免疫介在性血小板減少症(IMTP)に対する食事療法の考え方と実践を分かりやすくまとめたガイドです。
IMTPとは簡単に
IMTPは免疫の働きが原因で血小板が減る病気です。血が止まりにくくなるため、皮膚のあざや鼻血、出血傾向が見られます。本書では病気の専門的な解説を最小限にし、日常の食事でできる対応に焦点を当てます。
対象読者
・IMTPと診断された犬の飼い主さん
・獣医師と相談しながら自宅ケアを考える方
・栄養面で愛犬をサポートしたい方
本書の構成
続く章で、病態の基本、栄養の重要性、推奨食材、免疫を安定させる食品、ドッグフード選びのポイント、注意点と獣医師への相談方法を順に説明します。
利用上の注意
食事療法は治療の補助です。必ず獣医師の診断と指示を優先してください。
犬の免疫介在性血小板減少症とは
病気の概要
犬の免疫介在性血小板減少症(IMTP)は、犬の免疫が自分の血小板を誤って攻撃する病気です。抗体が血小板にくっつき、脾臓の食細胞がそれを「異物」とみなして取り除きます。正常よりも多く(場合によっては最大10倍)血小板が破壊され、出血しやすくなります。
誰に起きやすいか
特にメスの犬で発症が多いと報告されています。年齢や犬種で差が出ることもありますが、どの犬でも起きる可能性があります。
主な症状
- 皮膚にできる小さな赤い点(点状出血)や青あざ
- 鼻血や血尿、黒い便(消化管出血の可能性)
- 歯茎が白っぽくなる、元気がない
散歩中に転んだりぶつけたりした覚えがないのに出血やあざが出るのが特徴です。
原因と診断の流れ
明確な原因が特定できない「免疫性」の場合と、薬剤や感染症が引き金となる場合があります。獣医は血液検査で血小板数の減少を確認し、必要に応じて骨髄検査や追加検査を行います。
治療の概略
主に免疫を抑える薬(ステロイドなど)を使い、重症では輸血や外科的対応が必要になることがあります。早めの受診が重要です。
食事療法が重要な理由
食事が治療に与える影響
犬の体は毎日の食事で作られます。良い栄養は免疫の働きを支え、血小板や赤血球の回復を助けます。栄養が偏ると回復が遅れ、再発のリスクが高まります。
貧血と血小板減少の関係
貧血があると体全体の回復力が落ち、出血時のリスクが増します。血をつくる栄養(鉄、ビタミンB群、葉酸など)を適切に補うと貧血が改善し、血小板減少による症状の悪化を防ぎやすくなります。
日常でできること(具体例)
- 高品質なたんぱく質(鶏肉、魚、卵)を適量与える
- 鉄を含む食材(赤身肉、レバー)や吸収を助けるビタミンCを組み合わせる
- 消化しやすい形にし、食欲が落ちたときは少量頻回で与える
継続と獣医師との連携
食事は一時的な対策でなく継続が重要です。サプリや変更は獣医師と相談して進めてください。定期的な血液検査で効果を確認しましょう。
推奨される栄養素と食材
鉄分(ヘム鉄と非ヘム鉄)
犬の貧血改善では鉄分が中心です。ヘム鉄は吸収が良く、牛・豚・鶏のレバーや赤身肉に豊富です。レバーは栄養価が高いため、少量を週1〜2回程度、主食に混ぜるなどして取り入れると良いでしょう。非ヘム鉄は小松菜やブロッコリーに含まれますが、吸収率が低めです。タンパク質やビタミンCを同時に摂ると吸収が高まります(例:茹でた野菜と茹で肉を合わせる)。
ビタミンB12・葉酸
ビタミンB12は赤血球の生成に重要で、レバーや貝類(アサリ、ムール貝など)、魚に豊富です。葉酸は緑の葉野菜やレバーに含まれ、こちらも血液作りを助けます。サプリメントの使用は獣医と相談してください。
良質なタンパク質
赤血球はタンパク質を材料に作られます。鶏胸肉、牛赤身、卵(加熱)など、消化しやすく良質なタンパク質を毎食の主成分にします。脂肪分や塩分の多い加工肉は避けてください。
海藻・貝類の扱い方
海藻はビタミンKやミネラルを含みますが、消化に負担がかかる場合やヨウ素過剰の懸念があります。少量を週に1回ほど取り入れる程度にし、塩分や調味料を付けずに与えてください。貝類は鉄やB12が豊富ですが、必ず加熱して与え、アレルギーに注意します。
調理のポイントと注意点
素材は味付けせず、茹でる・蒸すなどシンプルに調理します。レバーは生より軽く火を通すと安全です。ほうれん草などシュウ酸の多い野菜は過剰摂取で鉄吸収を阻害するため、量に注意してください。具体的な量や頻度は犬の体重や状態によって変わるので、獣医師と相談して決めてください。
免疫安定化のための食材
乳酸菌・発酵食品(ヨーグルト・納豆など)
腸内環境を整えることで免疫のバランスを助けます。無糖・無脂肪のプレーンヨーグルトを少量、普段のご飯に混ぜると与えやすいです。目安は小型犬で小さじ1〜2、中型で大さじ1〜2。一度に多く与えると軟便になることがあるため、便の状態を見ながら量を調整してください。
納豆は発酵食品として有用ですが、味や糸引きで好みが分かれます。初めはごく少量(小さじ1程度)を試し、問題なければ頻度を増やします。塩分や調味料を加えないでください。持病や投薬がある場合は、獣医師に相談してから与えてください。
食物繊維を含む果物・野菜(リンゴ・キャベツなど)
リンゴは皮を剥くか薄切りにして芯と種を除き、1日1〜3枚を目安に与えます。食物繊維が善玉菌のエサになり、腸内フローラを整えます。キャベツは軽く蒸すか茹でて冷まし、細かく刻んで少量ずつ混ぜます。生で与えるとガスが出やすい場合があるため、様子を見ながら加熱の有無を選んでください。
与え方のポイントと注意点
- 新しい食材は1つずつ少量から始め、便や食欲を観察してください。
- 加糖・塩分の高い加工品は避ける。
- サプリメントやヒト用発酵食品は犬用の安全性を確認してから使用する。
- 持病や薬を服用中なら必ず獣医師に相談してください。
ドッグフード選びのポイント
1) まず押さえるべき栄養
貧血改善には鉄分、ビタミンB群(特にB12、葉酸)、ビタミンC、良質なタンパク質が重要です。ラベルで「チキン」「ビーフ」など肉の種類が最初に書かれているものを選んでください。肉由来の鉄(ヘム鉄)は吸収が良く、実際の改善に役立ちます。
2) 消化吸収の良さ
消化が良い成分を使ったものを選びます。消化酵素やプロバイオティクスを含む製品、消化しやすいたんぱく源(鶏・魚など)が望ましいです。高齢や消化器症状がある場合は消化負担の少ない療法食を検討してください。
3) ウェット/ドライの使い分け
ウェットは水分補給になり食欲を刺激します。ドライは歯のケアと保存性に優れます。食欲不振や吸収不良があるときは一時的にウェットやふやかしたドライを試してください。
4) 特定疾患と療法食の重要性
貧血の原因が腎疾患や消化器疾患など特定の場合は、獣医師が推奨する療法食を優先します。自己判断でサプリを大量に与えないでください。
5) 実用的な選び方の手順
- 成分表の肉が先頭か確認
- 鉄、ビタミンB12、葉酸が含まれているか確認(表示があれば)
- 過剰な穀物や添加物が少ないものを選ぶ
- 食いつきと体調を観察して1~2週間で見直す
6) 最後に
新しいフードは少量から切り替えます。体重・便・元気の変化を見ながら獣医師と相談して最適なものを決めてください。
注意点と獣医師への相談
食事は治療の補助であり、獣医師の指示が最優先です。以下の点に注意して、愛犬の安全を守りましょう。
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定期検査を受ける
血小板や赤血球、肝臓・腎臓の数値は定期的に確認します。薬の効果や副作用、栄養状態を把握するために、獣医師と検査結果を共有してください。 -
持病がある場合は特に慎重に
腎臓病や肝疾患があると高タンパク食や一部のサプリが負担になります。個々の状態に応じた食事設計が必要ですから、必ず相談してください。 -
サプリメントの扱い
鉄や銅、ビタミンは過剰になると害になります。市販のサプリを自己判断で追加せず、量や必要性は獣医師に確認してください。 -
食事変更の進め方
新しい食事は数日かけて少しずつ切り替え、食欲や便の状態、元気の変化を観察します。嘔吐や下痢、食欲低下が続く場合は中止して受診してください。 -
与えてはいけないもの
生肉や生卵は感染リスクが高く、出血傾向のある犬には特に避けてください。玉ねぎ、ニンニク、チョコレートなど中毒になる食品も与えないでください。 -
緊急受診の目安
鼻血、歯茎の蒼白、黒い便、血尿、急な元気消失、呼吸困難が見られたら、すぐに獣医師を受診してください。
日々の記録と獣医師との密なコミュニケーションが、最適な食事管理と治療につながります。些細な変化でも相談することをおすすめします。