はじめに
目的
このレポートは、犬がガムを誤飲した場合に起こり得る腸閉塞の症状をわかりやすく説明することを目的としています。飼い主の方が早めに気づき、適切に対応できるように、初期段階から重症化した場合の兆候までを丁寧にまとめました。
対象読者
・犬を飼っている方、これから飼おうと考えている方
・動物看護師やトリマーなど、日常的に犬と接する方
本レポートで扱う内容
本書では以下の項目を順に解説します。
- 腸閉塞の原因と経緯(ガム誤飲を中心に)
- 初期症状と進行した場合の症状
- 犬と猫での違い、重症度による症状の差
- 危険な兆候と診断時に見られる所見
- 緊急時の対応ポイント
注意点
本レポートは一般的な情報提供を目的としています。診断や治療は必ず獣医師の判断を仰いでください。症状が疑われる場合はすぐに受診してください。
犬の腸閉塞とは
概要
犬の腸閉塞は、腸の中を通る食べ物や消化物が物理的に先へ進めなくなる状態です。よくある原因はガムやおもちゃ、靴、紐などの誤飲です。腸の一部が詰まると、腸内の圧力が上がり、血流が悪くなって組織が傷むことがあります。
主な原因と具体例
- 異物誤飲:ガム、硬いおもちゃ、靴下、紐、骨の破片など。
- 腸の腫瘍:腫瘍が腸管をふさぐことがあります。
- 腸捻転:腸がねじれて通過できなくなる状態。
- 腸重積:腸の一部が他の部分に入り込むこと。
- 手術後の癒着:過去の手術でできたくっつきが原因になる場合があります。
誰が特に注意か
若い犬は好奇心で異物を飲み込みやすく、特にリスクが高いです。大型犬は誤飲したものが大きいと致命的になりやすく、中・小型犬は小さな物で詰まりやすい傾向があります。
なぜ放置できないか
閉塞が続くと嘔吐や脱水、腸壁の壊死(組織が死ぬこと)、腹膜炎など命に関わる合併症を起こします。早めに受診すれば内視鏡や外科手術で治療できることが多いです。
予防のポイント
誤飲しやすい物を届かない場所に置く、噛める安全なおもちゃを与える、散歩中の監視を強めることが大切です。不安なときは早めに獣医に相談してください。
初期症状
見られる主な症状
- 食欲不振:いつもより食べる量が減る、またはまったく口を付けないことがあります。
- 嘔吐(特に食後):食べた直後や数時間以内に吐くことが多く、繰り返す場合は注意が必要です。
- 下痢:便の回数や形が変わることがあります。
- 不快な腹痛:ぐったりしたり、体を丸める、そわそわするなどの様子を見せます。
- 腹部を触られるのを嫌がる:触られると怒ったり逃げたりします。
- よだれ・げっぷ・元気の低下:軽い症状でも見られるサインです。
嘔吐が起きる仕組み(簡単な説明)
閉塞の部分より前に食べ物や液体が溜まるため、体がそれを外に出そうとして嘔吐が起きます。部分的な詰まりでは間欠的に吐くことがあり、量や色がいつもと違う場合は要注意です。
見逃しやすいサインと具体例
- いつもより散歩を嫌がる、走らない。
- 眠り方が変わる、夜中にそわそわする。
- 少量の嘔吐を「毛玉」と思い込む。例えば、若い犬がプラスチック片を少量飲んでいる場合があります。
飼い主が初期にすべきこと
- 吐いた時間や内容(色・におい)、回数を記録する。写真や動画が役に立ちます。
- 水は少量ずつ与え、食事は獣医の指示があるまで控える。
- 自宅でむやみに薬や吐かせる処置をしないで、まず動物病院に相談する。
- 嘔吐が続く、脱水の兆候(口が乾く、元気がない)、強い痛みがある場合は早めに受診してください。
進行した場合の症状
閉塞が進行すると症状が強く出て急速に悪化します。ここでは具体的な症状と日常での見分け方、飼い主が取るべき行動を丁寧に説明します。
頻繁な嘔吐と下痢
- 食べたものも水も繰り返し吐くことが多いです。吐物に胆汁(黄色い液)や血が混ざる場合は特に危険です。例えば、おもちゃや骨を飲み込んだあとに何度も吐く場合は要注意です。
腹部の膨張と激しい腹痛
- お腹が張り、触ると痛がって鳴いたり背中を丸めたりします。触られるのを嫌がり、歩きたがらないことがあります。
無気力・活動低下・食欲消失
- ぐったりして動かない、遊ばない、水や食事を取らないといった変化が顕著に出ます。普段と比べて元気がない場合は見逃さないでください。
呼吸の変化・粘膜の色変化
- 呼吸が浅く速くなる、歯ぐきが白っぽくなる(貧血やショックの徴候)ことがあります。これらは全身状態の急変を示します。
腸の破裂・腹膜炎(命に関わる状態)
- 腸が破れて腹膜炎を起こすと、高熱や急激な痛み、急速な衰弱が起こります。放置すると命に関わるため緊急処置が必要です。
飼い主がとるべき行動
- 観察した異常はすぐに獣医師に相談し、指示を仰いでください。
- 移動中は無理に動かさず、安静に保ちます。
- 自宅で吐かせたり下剤を与えたりしないでください。獣医師の判断が必要です。
- 吐物や取り出した異物があれば持参すると診断に役立ちます。
犬と猫での症状の違い
共通する注意点
どちらも腸閉塞では嘔吐や食欲不振、元気がなくなるといった症状が出ます。ただし現れ方や速さに違いがあります。具体例を交えて分かりやすく説明します。
犬に多い特徴
犬はガムやおもちゃ、骨など固い異物を急に飲み込んでしまうことが多く、症状が突然はっきり出ます。典型的には頻繁な嘔吐、強い腹痛(抱っこするとキャンと鳴く)、腹部の張り、脱水が短時間で進行します。小型犬は誤飲しやすいので特に注意してください。
猫に多い特徴
猫は糸や釣り糸のような細長いものを好んで口にすることがあり、症状がゆっくり進む傾向があります。嘔吐は間欠的で、食欲が徐々に落ちる、体重が減る、便秘や軟便を繰り返すケースが多いです。猫は痛みを隠す習性があるため、元気が少し低下した程度でも早めの受診が望ましいです。
臨床での見分け方と対応
犬は急変しやすいので、嘔吐が続く・激しく苦しむ場合はすぐに受診してください。猫は症状が地味でも内部で進行していることが多いので、数日間の様子見は避け、早めに診察を受けるほうが安全です。獣医は触診やレントゲン、超音波で原因を確かめます。
重症度による症状の違い
軽度の閉塞
食べ物や小さな異物が一時的に詰まる場合、食欲不振や時々の嘔吐、便秘や下痢が見られます。嘔吐は最初は間欠的で、食べると吐くことが多いです。長く続くと体重が減り、元気が落ちます。
部分的〜進行性の閉塞
通過が部分的に妨げられると、嘔吐が頻回になり、腹痛が強く出ます。おなかを触られるのを嫌がったり、そわそわして落ち着かない様子になります。脱水やぐったりが進むと動きが鈍くなります。
完全閉塞(重度)
腸が完全に詰まると腸壁に血流障害や粘膜の傷が生じやすくなります。そこから腸内細菌や毒素が血液中に入り、ショックや急速な全身状態の悪化を引き起こします。症状は激しい嘔吐、激しい腹痛、腹部の膨満、蒼白な歯ぐきや速い呼吸などです。
飼い主が気づきやすいポイント
- トイレに行っても排便がほとんどない、あるいは排便しようとするのに出ない
- 繰り返す嘔吐(黄色い胆汁や消化物)
- 食欲の急激な低下と元気消失
これらが現れたら早めに受診してください。
危険な兆候
腸閉塞が悪化すると、短時間で状態が急変します。以下の症状が見られたら重症の可能性が高く、すぐに動物病院を受診してください。
呼吸の変化
- 浅く速い呼吸や、息をするのが苦しそうな様子が見られます。呼吸数が普段より明らかに増える場合は危険信号です。
元気・意識の低下
- 元気がなくなり、遊ばなくなる、立ち上がれない、ぐったりして反応が鈍くなるなどが見られます。意識がもうろうとしている場合は特に緊急です。
嘔吐・排泄の異常
- 嘔吐が頻繁に続く、嘔吐物に血が混じる、黒っぽい液や消化されない食べ物が出る場合は要注意です。排便やおならが全く出ない場合も腸が詰まっている可能性があります。
腹部の状態
- 腹部が硬く膨らんで痛がる、触ると痛がって唸る・噛む仕草をする場合は腹部の血流が悪くなっていることがあります。
脱水とショックのサイン
- 皮膚の弾力が低下する(つまんだ皮膚が戻りにくい)、口や歯茎が乾いて白っぽい、眼がくぼんでいる、体温が低く手足が冷たいなどは脱水やショックの可能性を示します。衰弱が進むと命に関わります。
発作や痙攣
- けいれんや突然の倒れる行為が見られたら非常に危険です。すぐに処置が必要です。
すぐに取るべき行動
- 速やかに動物病院へ連絡し、到着方法や応急処置について指示を受けてください。無理に食べ物や薬を与えないでください。嘔吐物や便、食べたものの袋などがあれば持参すると診断に役立ちます。
これらの兆候は短時間で悪化します。早期の受診が腸管の壊死や命を救う鍵になりますので、迷わず専門家に相談してください。
診断時に見られる所見
レントゲン検査
胃の拡張や腸管内のガス貯留がよく見られます。腹部のガス分布が偏っていたり、液体と気体の境界(エアフルイドレベル)が認められることが多いです。異物が透けて見える場合もあります。
エコー検査
胃内のうっ滞(内容物の流れが鈍い)や、空腸に「白い影」(高エコー像)と音響陰影が見えることがあります。これは金属や硬い異物を示すことが多いです。腸管壁の肥厚や自由腹水、蠕動の低下も確認できます。
血液検査・生化学
脱水に伴うヘマトクリット上昇、BUNやクレアチニンの上昇、電解質異常がしばしば見られます。乳酸値の上昇は腸の血流障害や壊死を示す手がかりになります。
身体診察
腹部の膨満、触診での強い痛みや拒否、腸雑音の低下または過剰、頻回の嘔吐などが観察されます。ショック兆候(粘膜蒼白・冷感・著しい頻脈)がある場合は重症を示します。
その他の検査
経食道・経静脈造影やCT検査で閉塞部位や原因(腫瘍・捻転・異物)を詳しく確認できます。造影検査や内視鏡は通過障害の診断と同時に治療につながることがあります。
各検査は互いに補い合います。症状や検査所見を総合して、早めに治療方針を決めることが大切です。
まとめと対応のポイント
要点
犬がガムなどを誤飲した場合、嘔吐・食欲不振・元気消失などの変化を見逃さないことが最優先です。腸閉塞は進行が早く命に関わるため、早めの対応が重要です。
家庭での初期対応(見つけた直後〜数時間)
- まず落ち着いて、誤飲した物の種類と量、時間を確認してください。包装や欠片があれば保管します。
- 嘔吐が続く、血が混ざる、呼吸が荒いなどがあればすぐ受診してください。
- 無理に吐かせる行為や家庭療法はしないでください。誤った対応で状態が悪化することがあります。
動物病院での受診時に伝えること
- 誤飲した物の種類・量・発見時間、症状の開始時刻を伝えます。
- 既往歴や普段の薬、アレルギーの有無も伝えてください。これだけで診断や治療方針がスムーズになります。
病院で期待される処置
- 触診やレントゲン、超音波検査で異物の有無を調べます。必要に応じて内視鏡や手術で取り除きます。
- 点滴や痛み止め、抗生物質などで支持療法を行い、状態を安定させます。
予防と日常管理のポイント
- ガム・糸・小さなおもちゃなどは犬の届かない場所に保管してください。
- 散歩中や来客時の食べ物には注意を払い、拾い食いを防ぐ訓練を続けます。
- 新しいおもちゃは破損しにくいものを選び、定期的に点検します。
最後に
異変に気づいたら迷わず獣医師に相談してください。早期発見・早期治療が犬の命と負担を大きく左右します。冷静に情報を整理して受診することが、最良の対応につながります。